トラウマをゼロへ

「歯医者だけは嫌だ」「あのキーンという音が不快」――日本中どこに行っても、こんな悲痛な叫びがあちこちから聞こえてきます。

医薬品・家庭用品大手のライオンが、2013年に日本、アメリカ、スウェーデンで15~69歳の人に無作為に採ったアンケートがあります。それによると、歯医者を「嫌いな人・苦手な人」と答えた人の割合は、アメリカとスウェーデンでともに3%前後だったのに対し、日本では14%にも上っていました。

出典:https://www.lion.co.jp/ja/company/press/2014/pdf/2014023.pdf

日本には「歯医者が嫌だ」という人が外国よりも多くいることがうかがえます。なぜここまで嫌われるのでしょう?

子どもの頃の嫌な記憶はずっと続く

当院は「子どもの頃、歯医者で苦しい経験をした人が多いからではないか」と考えています。

 

「子どもの頃に縛られたことがあって…」

「歯医者では何をされるかわからないから」

 

大人の患者さんの中に、こうしたことを打ち明けられる方がおられます。

こうした方ほど、抱えている症状が重いようです。きっと悩みに悩んでこられたのだと思います。

 

子どもの頃の嫌な記憶というのは、大人になっても色濃く残ります。

そんな記憶を持つ方は、大人になっても治療を敬遠し、痛んでもついつい放置してしまいます。

 

そしてどうしても痛みをがまんできなくなって、初めて重い腰を上げてやってくるのです。

でもそのときには症状が悪くなりすぎて、効果的な治療ができなくなる。典型的な悪循環です。

 

でも、痛くなるまでさんざん先延ばしにしていた治療が、痛くないわけはありません。

症状が重いのですから、当然、治療の時間もコストも多くかかります。

 

逆に、もっと前に来ていただけたら、痛みも少なく、時間もコストも節約できるはずです。

ふだんから、気軽に、歯医者に足が向くようになっていればいいのです。

 

だからこそ、子どものころから歯医者を嫌いにさせてはいけない――私はそう思うのです。

ささいなほめ言葉が大事

歯医者に行くのは、勉強やスポーツを頑張るのと一緒――と当院は考えています。

 

当院にはいろいろな子どもさんが来られます。

わあわあ泣いて診断すらままならない子、頑として口を開けようとしない子……。

 

それでも診断し、治療しなければなりません。ではどうするか。

 

「泣いたけど、よく最後まで我慢できたね、偉いね」「今日はお口を開けられたね」

当院ではこうしたほめ言葉を大事にして、しきりにかけるようにしています。

 

ささいなことかもしれません。

しかし前回できなかったことができるようになれば、それはまぎれもなく進歩です。

 

そして、できるようになったという勇気が、次の治療に向き合う力になります。

当院は、こうした力を子どもさんから引き出していきたいのです。

 

子どもさんの場合(大人もそうですが)たいてい複数の治療が必要になります。

つまり何回か来院してもらわねばならないので、気持ちが後ろ向きではどうしようもありません。

 

まずは口を開けてもらう、口の中をお掃除する……など、ハードルが低いところから始めます。

麻酔などの「上級者向け」治療は後回しにし、段階を踏んで歯医者に慣れてもらうのです。

 

特に怖がる子どもさんの場合、最初の1~2回はまともに治療できないこともあります。

でも当院は粘り強く我慢して、様子を見ます。まして、手足を縛ることなど絶対にしません。

 

当院が絶対に避けたいのは、歯医者との「泣き別れ」。

泣いたまま治療が終われば、間違いなくその子は歯医者嫌いになります。

 

たとえ時間がかかっても、治療に向き合おうという気になってもらうことを重視します。

こんなところにも気を付けています

大人の方もそうですが、特に子どもさんに使ってはいけない、歯医者の「禁句」があります。

 

代表例が「刺す」「切る」――大人が聞いても嫌な言葉です。

特に子どもさんに言うと、恐怖感をあおり立て、むしろ治療の妨げにもなります。

 

また大人の方にも禁句があります。「神経質ですね」「怖がりなんですね」――などなど。

絶対に患者さんのプライドを傷つけてはなりません。歯医者嫌いの原因にもなってしまいます。

 

治療で麻酔をかけるとき、たとえ子どもさんにも、麻酔のことは隠しません。正直に言います。

もし何も知らされないまま、いきなりチクッときたら、その子はどう思うでしょう?

 

きっとだまされたような気持ちになるはずです。

まして「注射はしないよ」「痛くないよ」といった嘘をつかないのは当然です。

 

ただ言い方には気を付けています。「注射するよ」とは言いません。「注射」も禁句の一つです。

例えば「麻酔するよ」「ちょっとチクッとするよ」というような、やわらかな言葉を選びます。

 

それと視覚に訴えられると恐怖感が増すので、見えるような位置に針は置かないことにしています。

そして目をつぶらせ、針が見えそうなら、見えない場所に置くなどの工夫をこらしています。

 

どれもささいなことです。でも歯医者が嫌いになるきっかけも、おそらくささいなことのはずです。

そうしたささいなことによく気を付け、子どもさんを歯医者嫌いにさせないように努力しています。

<これを書いた人>

上田 昭彦(うえだ・あきひこ、Akihiko UEDA)

1955年12月佐賀県武雄市生まれ。いったん理工系の大学に入るも中退し、82年福岡歯科大卒、同時に歯科医師免許を取得。92年歯学博士号を取得(九州歯科大)。同県鹿島市や那覇市での勤務を経て、88年6月に鳥栖市に「うえだ歯科医院」を開き、現在に至る。